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2007年4月30日 (月曜日)

第13回京都哲学道場「幸福の哲学」

京都府京都市で開催された哲学討論会(第13回)の報告です。日時・参加者・次回の予定などは以下の通りです。

  • 日時:4月22日(土)午後
  • 場所:京大構内「京大哲学研究会」部室
  • 参加者:以下の6名。itikunさん・崎山ワタルさん・hiroponさん・深草周・Fさん・めるろ~さん(五十音順)。
  • テーマ:「幸福の哲学」(発表担当:itikunさん)
  • 次回日程・御問合せなどは哲学道場公式サイトから御覧下さい。

発表

itikunさんに「幸福」について論じて頂きました。彼の図式によると、人間には「好悪気分」なる状態が想定でき、この好悪気分を引き起こした外的な状況を変革することによって不快を失くし、ヨリ快なる状況を作り出してゐるといふことでした。なほitikunさんの見方では不快と快とは一つの直線上にあるものとしてイメージされてゐるやうです(つまり、快でもなく、不快でもない状態は存在しません)。

批判点

このやうな図式について次の諸点が批判されました。

  • この図式に沿って快(幸福)が実現されることもあるが、さうでない場合もある。即ち、自分の思ひ通りに行かない場合もある
  • 幸せな状況は必ずしも意図的に作り出されるとは限らない。現在の生活に全く満足してゐても、偶然宝くじに当たって幸せを感じることもある。
  • 自分を取り巻く状況に対して心が快不快を感じることと、それに対して身体が行動することとの間に因果関係はあると言へるのか?(この論点は意思論や心脳問題にずれ込むため保留になりました)
  • そもそもitikunのやうな立場(先進国の学生)だからこそこんな図式が主張できるのではないか?

政治主義とレヴィナス

itikunの発表に対する議論が一通りなされた後は、「いかなる主張も政治的立場から逃れられない」とする議論から、なぜかレヴィナス批判が侃々諤々議論されました。「もし今ここのコタツにレヴィナスがやって来て昆布茶を求めたらどうするのか」といった実践的問題が同時に三ヶ所(つまり、六人ゐたから二人ずつ)で議論され、結局イスラエル人とカラオケ大会を開催することが決定しました(詳しい脈絡は割愛しますが、本当にさういった議論でした)。

次回はhiroponさんが「ラッセルのパラドックス」、略して「ラッパ」について発表して下さるとのこと、期待してゐます。

【約1000字】

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