自己批判
有効な批判は自己批判でなければならない。
といふのも言葉はかならずしも認識を完全に表現するわけではなく、或る主張に対する批判はその主張を行なふ当人自らが行なふのが最も誤解が少なく、正当な批判になるであらうから。
或いは自己批判しない人々に対しては何を言っても無駄であり、その人々の考へ方を変へさせることはできない。つまり、他人からの批判が無効になるわけで、自己批判を介さなければ如何なる「批判」も有効なものとはなり得ない。
これは必ずしも世の中に自己批判的な人間とさうでない人間がゐるといふことを意味しない。他人から多くのことを「批判」されても、大抵はごく僅かな部分しか受け入れることができないといふ意味である。といふのも、他人からの批判は誤解によって的外れになってゐる場合があるし、さうでなくとも、自分にとってそれを「的外れ」と見做せる場合にはさう見做した方が気持ちがいい場合が多いからだらう。
【約400字】
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コメント
自己批判に関する考察、的確な指摘だと思います。
しかし、「他人から多くのことを「批判」されても、大抵はごく僅かな部分しか受け入れることができないといふ意味である。といふのも、他人からの批判は誤解によって的外れになってゐる場合があるし、さうでなくとも、自分にとってそれを「的外れ」と見做せる場合にはさう見做した方が気持ちがいい場合が多いからだらう。」
的外れであるかそうでないかは、根拠付けの点で区別すべきなのですね。
しかし、他人からの批判は、すぐには受け入れがたいというのは誰でもそうでしょう。
自分の存在も否定されているのではないかと拒否反応を示す人もいるでしょう。
批判は、根拠付けがあっていれば甘んじて受ける。
または、そこから差異を見い出し議論する。
そういう姿勢が大事でしょう。
わざと穴を作って、突っ込ませることもする僕には、
早く突っ込んで欲しいのですね。
また、批判もその人が語る前提条件を度外視するものもあるので、その時には、前提条件の確認を御願いするしかないのですね。
そこを自分勝手に変更して批判するのは的外れになるでしょうね。
何事も自分に謙虚になることが大事ですね。
それは、本当の自分を他者が与えてくれることだからですね。
投稿: めるろ~ | 2007年4月15日 (日曜日) 07時46分