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2007年4月 6日 (金曜日)

第3回浜松哲学道場「アキレスと亀」

静岡県浜松市で開催された哲学討論会(第3回)の報告です。日時・参加者・次回の予定などは以下の通りです。

  • 日時:3月25日(日)午後
    場所:可美公園総合センター内会議室
  • 参加者:以下の5名。アムロさん・崎山ワタル・深草周・横井直高さん・Yさん(五十音順)。
  • テーマ:「アキレスと亀」(発表担当:横井さん)
  • 次回日程・御問合せなどは哲学道場公式サイトからお願ひ致します。

発表

今回はレジュメがないといふことで、会議室に備へ付けのホワイトボードを使って横井さんに発表して頂きました。

足の速いアキレスがのろまな亀とハンデをつけて(アキレスが亀を後ろから追ひかける格好で)かけっこすると、亀が現在通過中の或る地点にアキレスが到着す るまでに必ず一定の時間を要します。一方、亀の方ははいくら足が遅いといってもその一定時間の間に必ず現在の地点から少しであっても進んでしまふので、 「アキレスは亀には追ひつけない」とするのが所謂「ゼノンのパラドックス」です。

このやうな想定の元に、アキレスの速さ、亀の速さ、ハンデの距離を適切に与へて実際に計算してみると、アキレスは亀にどんどん近づいては行くが、計算自体 を終らせることはできないことが分かります。即ち、ハンデを1で両者の速度が2:1だとすると、1+1/2+1/4+1/8+1/16+...といふ風に アキレスの位置を出す計算は無限に続きます。これを2に収束するものとして、全体として2と等しい(対応づけられる)ものとして扱ふことに取り決めたのが 現代数学の立場であるといふことです。

横井さんの発表はアキレスと亀との差が縮小して行くことと、遠近法において眺めが遠くにあればあるほど小さくなることを重ね合はせます。横井さんは目前に ある二つの点と遠くに見える二つの点が視覚上同じやうに見えて区別できないことに他者性が現はれて来ると言ひます(正直言って深草にはゼノンの話との論理 的な関連性が見出せませんでした)。

これは矛盾なのか?

まづ、「これは矛盾ではない」との指摘がありました。尤も今回はほぼ全員がこの「パラドックス」について矛盾ではないと考へてゐたやうです。即ち、アキレ スと亀との競争を考へるのに無限のステップがゐること(空間が無限に分割可能であること)と、実際にアキレスと亀との競争が無限のステップを踏むかどうか は無関係です(無関係といふのは踏んでゐないといふ主張ではありません)。両者に区別をつけて解決する限り、これは矛盾とは言へません。

単位の問題

深草は「本質的な問題はもっと別にある」と述べ、「アキレスと亀の問題を解決するやり方には二通りある」と言ひます。曰く「いづれの解決方法も何らかの 『単位』を導入して解決するものである。一つは存在の側に単位を導入する原子論で、もう一つは認識の側に単位(モノサシ)を導入する考へ方である」。

即ち、或る空間的距離について考へるとき、空間そのものが単位的である(距離の最小単位が存在する)と考へるか、それとも距離そのものは切れ目のない(し かし、どこからでも幾らでも分割できる)ものだが、私たちが距離を認識する際には分割して捉へざるを得ないのか、いづれかであるといふことです。

前者の主張は原子論にあたるものであり、この前提に立てば私たちは距離を「ありのまま」に捉へることができると言へます。

一方、後者の立場を前提に採ると、切れ目のない距離自体を私たちは捉へ切れないことになります。この立場では、私たちは距離に対して任意の間隔を単位とし て設定します。この単位となる幅はどのやうにでも決定できますから、与へられた距離全体を一つの単位として設定することも可能なはずです。もし後者の立場 をとりつつも、切れ目のない距離全体(即ち、アキレスが亀に追いつくまでの距離全体)を「ありのまま」に捉へようとすれば、距離全体といふものを一つの単 位(内部に切れ目を持たないもの)と見た上で、それを記述しなければなりません。この立場を維持しつつ、この記述をすることは困難ですが、神秘主義に陥ら ずにこれを行なふことがこの「アキレスと亀」から引き出せる問題だと深草は言ひます。

一者たる距離全体とは?

また、ここで後者の立場において一単位と見られた距離全体(実際の議論では「距離」ではなく「世界」と言ってかなり飛躍した議論をしてゐましたが)とは如何なるものになるかが問題です。

横井さんはパルメニデスの弟子であるゼノンの主張が念頭にあって、深草が言ふところの「一単位としての距離全体」を唯一不動の「一者」であると捉へたやう ですが、話し手の深草は絶えず運動し、生成変化発展消滅する世界観の立場からこの「全体」を発想してゐるわけで、ここはまた議論が分かれるところとなりさ うです(私としては自分が言葉に踊らされてゐないかどうかを恐れます)。

【約2000字】

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コメント

ゼノンですか。
アキレスの足が、限り無く小さければ別ですし、
また、亀の歩く速度、歩幅、も規定されていなければ、
アキレスの歩幅も規定されていませんし、
十分に距離があるとしても、例えば、5km としても、
亀とアキレスの到達速度は違うので、必ず追い抜きますね。

僕が高校の時にこのパラドクスを見た時に、
「くだらない。」と思いました。

アキレスが次の足を動かす間に、亀が次の一歩を歩むのであれば、亀はのろまではないじゃないですか。
ぼくなら、亀が一歩歩む間に数歩進みますね。

このパラドクスは机上の空論の話だと思いました。

投稿 めるろ~ | 2007年4月 8日 (日曜日) 10時42分

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