2006年8月 1日 (火曜日)

『意識と言語』の感想

宮田和保『意識と言語』(桜井書店、2003)を一読しての感想です。ざっと読んだだけですが、言語過程説、或いは三浦つとむ先生の立場と、ソシュールに根を持つ現代諸思想の立場との関係について分かり易く位置づけてくれてゐる本だとお見受けしました。

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2006年7月25日 (火曜日)

つながりの自覚

先日、本屋で暇を潰してゐたら、高殿円『オーダーメイドダーリン』(今本次音〈マンガ〉、飛鳥新社、2006)といふ本があり、コミック部分だけをさらっと立読みした。

内容は「自分に最初からピッタリ合ふ彼氏などは世の中に存在しない! そこそこのオトコを捕まへてカスタマイズすべし!」といふもので、現実の恋愛とはど ういふものか、オトコはいかにオンナと違ふものの見方考へ方をしてゐるかを経験談を交へながら説明してゐる。もちろん理論的な裏づけがあるやうなものでは ないが、なかなかタメになるし、天与の「出会ひ」を期待するのではなく、能動的に相手を創る(実際には創り合ふ)といふ発想には、自然成長性の克服といふ 点で自分と共通するものがあると感じた。

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2006年5月30日 (火曜日)

「哲学道場」の報告∈実用表現

哲学討論会を主催して、報告を書いてゐます。書いた報告はブログに揚げておきます。それから、哲学に関心のある方にお誘ひのメールを送ります。しかし、単 にメールだけでいきなりオフの討論会に参加して下さる方はそんなにゐないでせう。そこで書いた報告が役に立つわけです。ネット上からでも或る程度雰囲気な り、議論してゐる内容が分かるわけですから、それなりに考へやうがあるわけです。そしてその結果として私が会いたい方・話してみたい方に来て頂けたらとて も嬉しいわけでして。

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2006年3月19日 (日曜日)

矛盾について・2

注意:以下の論述は具体性に欠けるところがあります。なるべく三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』のp.273から始まる矛盾論と突き合はせて読んで下さることを希望します。

前回は矛盾について、形式論理学で言はれる「矛盾」概念を拡張する必然性を考へてみました。別の言ひ方をすれば、なぜ弁証法における矛盾について、「矛盾」といふ名前をつけなければならないのかといふことです(違ふ名前がついてゐればこんなことは問題にもなりません)。

もちろん先の論は単なる私の臆断に過ぎません。そんなことを三浦先生やヘーゲルが心の奥で実は考へてゐたのだなどと断言するつもりはないし、確たる証拠もありませ ん。また、さういふ風に考へることで形式論理学にはないメリットが出てくるかどうかも定かではありません。――しかし、ここまで予防線を張って、主張をい かに控へめにしてみせても、前回の論にはまだ不備があるやうに思はれます。

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2006年3月17日 (金曜日)

オフで弁証法について話す

mixiで知り合ったじゅんや氏からお誘ひがあったので、三浦つとむつながりで会って来ました。

今春で院生からエンジニアになるじゅんや氏は学部時代に空手をやってをり、南郷継正氏経由で三浦言語論を知るに至ったといふことです。

三時間ほど話し合ったのですが、復習がてらにトピックの中からいくつか振り返っておきませう。

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2006年3月15日 (水曜日)

矛盾について

三浦先生が強調する「弁証法」は事物の矛盾を研究する学問であると言はれます。そして、弁証法における矛盾とは「対立物の統一」であると言ひます。

弁証法における「矛盾」は形式論理学における矛盾とは異なるといふことは、三浦先生の挙げた例を見れば容易に分かることです(『弁証法はどういう科学か』 参照)。例へば、三浦先生は或る人間が親でもあり、同時に子でもあることは「矛盾」であると言ひます。これを解けば、子の親は親の親から見れば子でもある といふ当たり前の例を引いてゐるに過ぎません。サザエはタラにとっては親だが、ナミヘイにとっては子であるといふ、それだけのことです。ネット上でも岩 崎武雄氏の論を引いた、次のやうな批判が書かれてゐます(大黒正伸「弁証法と自己言及(1)」)。

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2006年2月27日 (月曜日)

関係内容論

三浦先生は表現論における形式主義や機能主義を批判しました。ではこれらの立場に対して三浦先生の立場は何なのかと申しますと、これを内容主義の立場である、と言ふことができると思ひます。

今回は三浦表現論における内容とは何か、それは物質的なかたちである表現形式とどのやうに結び付いてゐるのかを説明してみます。

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2006年2月15日 (水曜日)

〈像〉の理論

三浦先生の認識論、即ち反映論を支へてゐるのが「〈像〉の理論」です。これは三浦先生の諸理論を理解する上で欠かせないものなので、私なりに解説しておきたいと思ひます。

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2006年2月 1日 (水曜日)

詞の分類メモ

言語表現には「対象-認識-表現」といふ生成過程が不可欠です。一般に絵画・彫刻・音楽などの表現においては、対象のありかたとその対象の捉へ方とが総合的に現れますが、言語表現ではこの二種類が形式的に分離することがあります。

三浦表現論では、対象を直接に表す表現の側面を客体的表現と言ひ、対象に対峙する認識のありかたを直接に表す表現の側面を主体的表現と言ひます。そして、これを言語表現では特にそれぞれを「詞」と「辞」と呼んで、内容主義文法における単語分類の最高原理と考へます。

しかし、形式主義文法のひとつである学校文法(=橋本文法の一翼)に比べて、その品詞論はやはり見易いとは思へません。『日本語はどういう言語か』などの三浦先生の著作を参照しても、日本語の語彙の全体系を総覧するまでには標準化・図式化されてゐないやうに思はれます(自然言語処理で三浦文法を応用してをられる方々は既にかういふ仕事をなさってゐるのかもしれませんが)。

取りあへず、学校文法並みに網羅的な分類表を提出した上で、細目の移動や品詞間の相互転化を考へるのが分かり易いのではないかと思ひ、下に詞の分類を簡単に描き出してみます。なほ、【】内は学校文法の用語で、分類には上田博和氏の「無活用動詞論」も取り入れてゐます。

詞(客体的言語表現)

  • 実体を表す-【名詞】
  • 属性を表す
    • 独立的属性
      • 動詞
        • 活用-【動詞】ex.「走る」「投げる」
        • 無活用-例へば「労働」「勉強」など「-する」と抽象的に捉へ直せるもの
      • 静詞
        • 活用-【形容詞】ex.「美しい」「正しい」
        • 無活用-【形容動詞の語幹】ex.「きれい」「静か」「横暴」
    • 従属的属性(属性の属性)
      • 【副詞】の一部。ex.「随分」「とても」「ピカピカ(に)」
      • 【連体詞】ex.「或る」「所謂」「来たる」
  • 関係を表す-関係詞
    • 所謂こそあど
    • 人称

かうやって書いてみて思ふのは、「独立的-従属的」の位置が問題だといふことでせうか……。

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