【引用004】スピノザのマキアヴェリ評
スピノザ『国家論』(畠中尚志訳、岩波文庫、1940、p.61-62)から。
単に支配欲にのみ駆られている君主がその国家を強化し、維持しうるためにはどんな手段を用いなければならぬかについて明敏なマキアヴェリが詳細に説いている。しかしマキアヴェリがどんな目的でそれをやったのかは十分明らかではないように見える。もし彼が、すべての賢明な人間から期待しうるように、何らかのよい目的を持っていたのだとすれば、それは多くの人々が、君主を暴君たらしめる諸原因を除去することもできないのに、いたずらに暴君を除こうとのみ努めているのがいかに賢明でないやり方であるのかを示そうとしたのであるらしい。実際、君主を暴君たらしめる原因は、君主に恐怖の理由を多く与えれば与えるだけ多くなるのである。……このほかにマキアヴェリはおそらく、自由な民衆が自己の安寧をただ一人の人間に絶対的に委ねきることをいかに用心しなければならぬかを示そうと欲したのである。……マキアヴェリは確かに自由の味方であったし、また自由を守るために数々の有益な助言を与えているのであるから、それにつけても私はこのはなはだ賢明な人間についてこう信ずる気持にされるのである。
学者に対する評価はかうありたいものです。相手の賢明さを尊重するといふことがなければ、自分の視野を広げることもできないし、議論も成り立たないと思ひます。
念のために付け加へれば、私はこの文章において、マキアヴェリが実際にどういふ意図を持ってゐたかよりも、スピノザの好意的かつ建設的な態度の方に眼が行くし、そこに倣ふべきものを感じるといふことです。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)


最近のコメント